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甲塚古墳の埴輪は、現在江戸東京博物館で展示されています。

これから全国5会場で展示され、2月までの長旅となります。

ところで・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、列島展のポスターですが、甲塚古墳の埴輪!が使われています。

ということは・・・今回の列島展の目玉!?

 

 

8月18日(土曜日)、国分寺公民館にて「ベニバナ染め体験講座」が行われました。

講師には栃木県指定無形文化財工芸技術保持者の日下田正先生と、大河原陽先生にお越しいただきました。

染料のベニバナは、7月21日に下野薬師寺跡史跡地内で行われた「ベニバナ摘み体験」で収穫したものを一部使用しています。
過去のブログでも触れましたが、収穫量は当初2.2㎏ほどありました。しかし乾燥させるとなんと約1/6の350gにまで減ってしまいました。これだけでは染料としてはまかないきれないため、別途購入したベニバナと併せて使用します。
乾燥させたベニバナは前日に水洗いし、黄色の色素を洗い流しました。

ベニバナの花には黄色と赤の色素が含まれていますが、きれいな赤色に染めるためには黄色の色素を取り除く必要があるのです。

何度も繰り返し水の中で揉んで黄色を取り除いたものを水に入れなじませたのち炭酸カリウムを入れました。するとどうでしょう。先ほどまで水に溶け出ることのなかった赤い色素が出てきました。紅花の赤い色素はアルカリに溶ける性質なのだそうです。今回はアルカリ溶液を作るために水に炭酸カリウムを溶かしましたが、昔の人は藁の灰や藜(あかざ)の灰に水を入れ寝かせたものの上澄み液を使用しました。ちなみに藍を染める時はクヌギ、ムラサキには椿の灰が使われるのだそうです。

 

 

 

 

 

 

 

色素が抽出されるのを待つ間に、講師の日下田先生のご厚意で藍染めも体験させていただきました。

染色のはじまりは藍草を衣や糸にこすりつける等の素朴なものでしたが、日本では遅くとも5世紀には本格的な藍染めが行われるようになったと言われています。中国・朝鮮半島との交流が盛んになるにつれ染色技術は進化していきました。

藍染めはどんな繊維にも染めやすく、また日光堅牢度に優れ退色しにくいことから各地で愛用されてきました。ベニバナ染めの衣が高貴な人たちの贅沢品であったのに対し、藍染めは身分の高低に関わらず着用することが出来たのです。

日本では主に蓼藍という植物を用いて藍染めを行いましたが、葉の収穫後すぐに染めないと美しい青色にはなりません。葉の茂る夏にしか染色できないことになります。そこで一年中染めることが出来るように考案されたのが藍を発酵させて染める方法でした。藍の色素は水に溶けないため、煮詰めても染液になりません。一度発酵させる必要があるのです。

よく乾燥させた藍の葉に水をかけて3か月ほど発酵させます。これを藍甕に入れアルカリ溶液に溶かします。そうすると還元発酵によりふつふつと泡が立ってきます。これを「藍の花」と呼び、染色が可能になった合図となります。

藍をたて、維持することは職人さんでも大変難しいことなのだそうです。
今回はそんな貴重な藍甕をお持ちいただきました。

各自様々な形に絞ってあるハンカチを染めました。
藍の中で揉みこんでは絞り、同じ作業を3回繰り返した後水にさらします。

 

 

 

 

 

 

 

美しい模様と色にあちらこちらで歓声が上がりました。

 

 

 

 

 

 

 

さて次はいよいよベニバナ染めです。
しっかりと赤の色素が抽出できたらいよいよ染めの作業に入ります。

袋にベニバナを入れて絞り、花と染液を分けました。

 

 

 

 

 

 

 

アルカリ溶液に溶け出た赤の色素は酸性で定着します。少しずつクエン酸を入れ酸性に近づけます。昔の人は熟した梅の実に灰をまぶし燻製したものを水に入れ、酸性にしたのだそうです。
クエン酸を入れた途端に泡立ち、泡の下からはきれいな赤い染液が覗きました。

布を染液に浸したあとはムラにならないように手早く布を繰ります。
約15分ほど染液に浸した後は絞って水洗いして完成です!!

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかな色のハンカチがたくさんできました。

 ベニバナ摘みからはじまり、紅花染め、藍染め体験を通して、古代から綿々と受け継がれてきた染色の歴史を垣間見ることができたのではないでしょうか。

 

好きな色の衣服を自由に手に入れることの出来る現代の私達にはなかなか想像し難いことではありますが、古来衣服の色というのは単なるお洒落に留まらない重要な意味を持っていました。「冠位十二階」制度に代表されるように時として身分を表すものであり、選択に多くの制限が伴いました。

使用する材料や割合は細かく規定され、着用する場面に関しても時に制限される場合がありました。その内容については『延喜式』にも詳細に記されています。

平安時代には裕福な貴族たちは色とりどりの衣装を何枚も重ね着してその華やかさを競いました。「襲(かさね)の色目」といって、その折々の季節に応じた色を重ねて着るのです。『源氏物語』『枕草子』・・・どの古典作品を手にとっても、色に関しての記述の細かさに驚かされることでしょう。斬新で美しいその色の取り合わせは今現在でも多くの場面で参考にされ使用されています。

いくつもの染料をかけ合わせ、その濃度を細かく調節することによって色の違いを楽しんできた稀有な文化と伝統を、これからも大切にしたいものですね。

(歴史館 K.T)